「下積み」と「夢中」の違い
耐えるより、ただ楽しいほうへ。同じ行動でも、時間の向きは真逆になる。
マツダミヒロです。
昨日、定期的にご飯を食べている30代の友人と食事に行きました。
そのとき冗談混じりで、こう言われたんです。
「ミヒロさんって、昔から成功してたんですよね」
いやいや、そんなわけないじゃないですか、と。
昔から成功していたわけじゃない
最初から成功している人なんていません。成功の定義にもよりますが、僕は毎月、公民館で500円の勉強会をやっていた時期がありました。
本当に毎月数人しか来なくて、月の売上が数千円。そんな時代が何年も続いたんです。
その話をしていて、彼がぽつりと言いました。
「それって、下積み時代なんですかね」
——下積み。あなたは、これをどう思いますか。下積みは、必要だと思いますか。
令和は、もう下積みの時代じゃない
昭和や平成だったら、僕もこう言ったかもしれません。「下積みはあった方がいい」「下積みなしに成功はできない」と。
でも、令和はもう違います。
下積みしたからうまくいく、下積みしないとうまくいかない——そういう時代じゃない。もっと軽やかに、好きなことを夢中でやっていたら、うまくいっちゃった。そんな時代だと思うんです。
今日のテーマは、下積みと夢中の違いです。
下積みは「耐えること」
下積みって、本当はやりたくないことをコツコツ続けて、我慢して、ストレスを抱えて、ようやく日の目を浴びる。僕の中では、そういうものです。
将来のために、今は耐えよう。苦しいけど、今はやるしかない。
つまり下積みとは、未来のために、今を耐えること。
なんだか、昔っぽいなと思うんです。
夢中は「楽しくてやってしまうこと」
一方で夢中は、楽しくてやっていたら、うまくいった、というもの。
僕が公民館で勉強会を毎月やっていたこと。お金にならない講演会を、月に25回もやっていたこと。下積みかと言われれば、たしかに下積み時代ではあります。
でも、僕はあまり下積みだと思っていませんでした。ただ、楽しくてやっていた。
もし、それが嫌々だったら——きっとそれは、下積みになっていたと思うんです。
同じ行動でも、意味はまったく変わる
たとえば、AIが好きで毎日12時間も夢中でやって、それを半年続けた人がいるとします。やがてみんなから「教えて」と言われ、教えることが仕事になった。
それは下積みでしょうか。いや、ただ夢中でやっていただけですよね。
同じように時間を使い、同じように毎日続けていても、それが苦しいものか、楽しいものかで、意味は全然違います。
下積みは、苦しいけれど将来のために耐えるもの。夢中は、目の前のことをただ楽しんでいるだけ。なのに、それが結果として後々生きてくる。
下積みと夢中は、似て見えて、時間の向きが真逆なんです。
報われないときは、下積みモードかもしれない
頑張っているのに報われない人、
伸びない人は、
無意識のうちに下積みモードに入っているのかもしれません。
努力=耐えること、と思い込んでいる。
でも、今はそうじゃない。夢中になれることをやる。
すると、欲しかった結果はもっと先にあったり、
いつの間にか手に入っていたりする。
今やっていることは、耐えていることでしょうか。
それとも、夢中になっていることでしょうか。
報われないと感じるなら、
それは無意識の下積みモードに入っているサインかもしれません。
結果を取りにいくのを、やめてみる
結果を取りにいくのをやめて、夢中になれることに切り替えてみる。
未来のために今を我慢するんじゃなくて、今おもしろいこと、今やっていて楽しいことに入っていく。すると、それがいつの間にか未来につながっていく。
下積みと夢中は、外から見ると同じように見えることもあります。でも、本人の中では、まったく違うんです。
今日の魔法の質問
💫 何に夢中になりますか?
あなたの答え
、コメントでおしえてーー



下積みと夢中。
世の中の流れで行くと大体 下積み ですよね。
夢中って分からなかったりする。
まあでも 下積み でやってるとあんまり 続かないですけどね。
私も仕事に行くと 下積みでやることが多いのであまり 続かないです。
今 続けていることは 毎日1曲の曲作り です。あまり夢中になっている感覚はないですが続いてますね。
来月から販売する予定です。誰か買ってくれるといいですが。
ミヒロさんのような成功者になりたいですね。
今はUTAGEの構築が楽しいです😊
0→1が好きだなぁと改めて実感してます💡